九州・沖縄水中考古学協会会報
第5巻・第2号 通巻16号
2000年7月31日発行

墨書貿易陶磁器  塩屋 勝利

最近、鴻臆館跡から11世紀中頃の「綱」銘墨書貿易陶磁器が発見され話題となっているが、墨書貿易陶磁器はこれまで博多遺跡群から1,000点を超える量が出土し、墨書の種類も多様である。これら多様な墨書の解読は、中世博多の貿易史研究にとって重要な作業だが、中国本土でも出土し、泉州宋代沈船の積載陶磁器や、韓国新安沖沈船のものにもある。墨書の中には、船倉や甲板の位置を示すらしい文字もあることから、実際に船に積まれている状態の考古学的調査は極めて重要といえよう。協会では、これまで玄界島・志賀島沖中世交易船の探査を行ってきたが、是非とも探り当てて古代・中世貿易史研究に寄与したいものである。

 

中国福建省連江県定海村に於ける1990年度の調査と試堀報告(下)
中濠共同考古学専門委員養成班定海調査発掘隊  翻訳:山﨑 龍雄

はじめに                             兪偉超
1.調査に至るまで                 張威
2.定海の自然環境、歴史的環境と過去の調査状況   張威
3.白礁遺跡の発掘前の測量、遺物の採集と試掘    劉本安
4.白礁遺跡出土遺物               劉本安 
5.遺物の保存処理                田豊
6.最後に                    張威

4.白礁遺跡出土遺物

引き揚げられた遺物を我々は採集分と発掘分の二つに分類する。採集遺物ではまた1号遺跡と2号遺跡の二つの単位に区分する。

(1) 採集品

1.自礁1号遺跡では12の全グリッドで採集を行い、調査面積は48㎡である。採集した遺物はすべて磁器で、合計243個(片)、そのうち完形品は29個体ある。遺物の中で黒釉の天目茶碗の占める割合は69.5%、青白磁は26.7%、その他3.8%である。各グリッド採集の遺物の数量は差が大きく、T1~T5までが最も多く、総数の85%を占める。T12は1点もない(表1参照)。図2(会報誌、第5巻第1号、7頁)は各グリッドの海底面で採集した遺物の分布状況の模式図である。採集した遺物から見ると、白礁1号遺跡の主要な遺物は黒釉天目茶碗と青白磁である。 

2.白礁2号遺跡では2度の初歩的な表面採集を行い、全部で14個の遺物を採集した。番号は90 DBIIC:1~90DBIIC:14とする。14個の遺物で、年代の特性がはっきりするのは青磁盤で、番号90DBIIC:1(図1:1)、青花磁器碗、番号90DBIIC:5(図1:3)、青花磁器碗、番号90 DBIIC:12(図1:4)、青花大盆、番号90DBII C:14(図1:2)である。なおこの他に石臼を1個採集した。

(2)発掘品

T1の試掘で出土した232個の遺物は全て磁器である。その中で復元できたものは119個。1個体毎に実測を行った。232個の遺物中、黒釉天目茶碗は159個(片)で完形は23個である。青白磁浅腹碗は59個(片)で完形は3個ある。

1.黒釉天目茶碗の器形の変形は大変少なく、器高は一般に4~5cm、口径は10~11cmの間である。

表l.白礁l号遺跡表面採集器種統計表
器種\グリッド T1 T2 T3 T4 T5 T6 T7 T8 T9 T10 T11 T12 合計 百分比
黒釉碗 39 44 14 23 17 7 11 4 6 3 2 169 69.5
青白磁碗 21 5 9 4 21 2 1 2 65 26.7
白磁片 1 2 1 4 2.0
青磁片 2 1 3 1
青花磁片 1 1 2 0.8
小計 63 53 23 27 39 7 13 5 8 3 2 243 %

釉色の濃淡は均一でなく、少数の器物の釉色は黄または緑に発色する。施釉の厚さは均一でないが、大体はかなり薄く施和する。口縁部は常に黒釉から胎土が露出する。外底は等しく施和せず、釉と胎土が大変粗いので、和の表面はすべて蜜柑の皮のような斑点(ピンホール)を帯びる。5個の黒釉天目茶碗の釉色は兎毫斑の効果がある。底部には小さな高台を削りだす。この種の高台はすべて胎土がまだ乾かないうちに、本来餅形であった外底の内部を削りとって高台としたもので、高台内には明らかに削り取った痕跡が残り、一つの円錐形に突起する。黒釉天目茶碗は器形の変化で三型式に分類できる。

Ⅰ式:標本90DBTl:139(図2:1)、51個で、そのうち完形は16個。口縁はやや外反、休部は屈折し、上半は直立する。外底は露胎。Ⅰ式の中の2個には兎毫斑効果を持つものがある。

ⅠⅠ式:標本90DBTl:223(図2:3)、28個。その中で完形は8個。直口で、体部は屈折し、上半は直立する。体部と口縁部の間には境界線がない。外底は露胎で、そのうち2個には兎毫斑の効果を持つものがある。

ⅠⅠⅠ式:標本90DBTl:151(図2:4)、23個で、そのうち完形は6個。口縁部はやや外反する。口縁と体部の境界は不明瞭。胴部は円弧形を呈し、外底は露胎である。 

2.青白磁浅腹碗(皿に近い)の形態は単純である。胎土は灰色で、質はかなり粗い。釉色は青白色を呈する。普通、施釉は極めて薄いか、薄くまばらである。ある個体には釉がほとんど見出せない。これは重ね焼きによるもので、碗内底にはすべて、焼成の前に釉が一重の蛇の目状にかき取られている。碗外底は露胎。高台はかなり低い。高台畳付の縁を削って斜めにする。二類に分類できる。
Ⅰ式:標本90DBTl‥158(図2:5)、8個。口縁はゆるく外反する。浅腹で、内低は平坦になるようにカープを持つ。高台は低く、畳付の内側を削る。
ⅠⅠ式:標本90DBTl‥25(図2:6)、9個。開く口縁で底が浅く、休部はややカーブを持つ。高台は低く、内側を削っている。

5.遺物の保存処理

定海出土の遺物はかなり豊富で、材質と種類から言えば、磁器、鉄製品、木製品、石製品などがある。同一種類の遺物でも腐蝕程度は異なり、また違った分類ができる。例えば、鉄製品ではあるものは完全に腐蝕しきっており、あるものは軽微な腐蝕にすぎない。つまり遺物回収の経緯としては、漁民が貝殻を掘り揚げた時のもの(その中の大部分の遺物はいまだ何の処理を受けず、長時間放置されていた)と、今回の水中調査で発掘されたものである。これらの遺物に対して我々は現地での保存処理を進め、そしてそれらに対しての一歩進めた保存処理の研究を行ったことは、水底遺物を長期的に保存するための有効的なよりどころとなった。

(1)現場での保存処理
1.磁器

白礁1号遺跡出土の遺物の主なものは磁器である。磁器の胎土や釉質は完全であるが、遺跡表採の磁器の表面には大量の海生物が付着する。発掘によって泥の中から得た磁器は表面に小量の海生物の死骸が残した石灰質が付着していた。黒釉天目茶碗に付着した海生物はかなり多く、青白磁碗には少ない。白礁2号遺跡採集品の磁質は良好で、主として青花碗である。器物の表面には大量の海生物が付着する。

遺物を回収した後、泥土を洗い、表面を陰干しした後、記号の注記を露胎の底部に行う。その後、淡水と海水の比率1対1の混合液に浸し、付着した海生物を除去した。2週間後、浸泡液(浸している液体)を淡水に替える。容量法(容量分析のこと。操作が簡単なので濃度などを調べるのによく用いられる)で浸泡液の濃度を測定し、確認した塩素イオンの濃度が0から0.3%の平衡状態になるまで浸泡液を増量する。測定間隔は8日を置く。測定を経て、当地の海水の含塩量は30%であつたことがわかった。

2.鉄製品

現地の漁民が貝殻を採取時に、外側が鋳鉄で覆われた一つの錨頭を引き揚げた。錨頭の内芯は木質であるが、長期の浸泡で既に木灰泥に変化しおり、鉄錨外面は5cmに近い凝結物で覆われていた。引き上げ時の不手際で、鉄錨頭は二つに割れており、その断面から内面の鉄質は完全であることが判明した。

まず鉄錨内芯の木泥を取り出したが、その部位によって袋を分けて保存した。鉄錨尖頭部の木泥は黄色、中央部は黒灰色、後部は黒色で貝殻を伴う。その後表面の凝結物を除去した。凝結物を除去した時、凝結物の断面から見ると、凝結物外面から鉄質表面まで、全て貝殻が存在した。これは鉄イオンが遺物の表面にまで拡散して反応し、沈着してきたためである。凝結物を除去した鉄錨を5%の炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)溶液中、PH=8につけた。白礁1号遺跡に1個の非常に大きな「凝結物」がある。すでにその一つの小塊が取り出され、乾燥保存された。

3.木製品

長さ2.3mを測る1本の一端が鉄に包まれた船板も、また当地の漁民が貝殻を引き揚げた時に上がってきたものである。船坂が考古隊に引き渡された時には、自然乾燥によって、表面部分には既に亀裂が入っていた。干潮時、船坂はちょうど砂州上に埋もれてはいるが、毎日3時間ほどは船板は水面から露出する悪い保存条件のもとにあった。その後、我々は3.0m×0.5m×0.5mのポリ塩化ビニールの箱を作成して、その中に水道水を入れ、船坂を浸して、砂州上での海水の作用による損傷を避けた。箱の上には黒いビニールの布で日光を遮蔽し、2日に一度水を入替え、カビの発生を防いだ。船板の上面1cmの深さの所を抜き取り、14C年代測定を行った結果、現在から290±70年の年代が得られた。この他、農民が引き揚げた何点かの小船坂と大船板を一緒に浸した。 
白礁1号遺跡の大凝結物下の木製品はすでに朽ち果てていた。木の内面には寄生していた大量のフナクイ虫が残した固い殻があった。いくつかをサンプリングして北京大学考古学系の14C実験室で年代測定を行い、今から1000±70年前の結果を得た。

4.石製品

白礁2号遺跡で採集した1個の石臼には大量の海生物が付着していた。表面の海生物を取り除くlために洗浄を行った。空気中での保存には、特別な処理を必要としない。

5.搬送

磁器はすべて現場でそれぞれ程度の異なった脱塩処理を受けていた為、磁器を輸送する前に陰干し分類して、揺れないように紙屑の入ったプラスチックの箱に入れた。石臼もまた紙屑で揺れないようにして箱に入れた。鉄錯は水酸化ナトリウムの浸泡液から取り出し、水道水で表面の炭酸水素≡ナトリウム(NaHCO3)を洗い流し、拭いて陰干しし、乾いた後、乾燥剤のシリカゲルを入れたポリプロピレン製のビニール袋に密封し、箱詰めした。小さな凝結物は直接箱に入れた。いくつかの小船坂は水に浸した状態で、ポリプロピレン製の袋に入れ、乾燥を防ぎ、箱の最上部に詰めた。大きな船坂は輸送が大変であったことから、再び海底のやや深い場所に沈めた。収蔵する遺物は中国歴史博物館文物保存実験室に輸送し、更に保存処理の研究を進めた。

(2)実験室での保存処理
1. 鉄製品

遺物は実験室に運ばれたあと、Ⅹ線透視機を用いて、白礁から採集した小凝結物の透視調査を実施し、すでに内部に鉄芯がないことを確認した。表面を僅かに打ち欠き、内部の鉄質が既に完全に鉱物化したことを確認した。化学組成分析(問題の物質がどのような元素から成り立っているか、あるいはある特定の元素を含むかどうかを知る目的で行う分析法の総称)は内部に大量の鉄イオンと二価硫黄イオンがあるのを確認し、鉄細菌で腐一蝕したものであることを取り合えず判断した。

2.磁器

現地ですでに一定程度の脱塩処理が進んでいたので、実験室では直接蒸留水につけ込み、最終的な処理を進めた。2週間に一度、水を取り替え、水から塩素イオンが検出されなくなるまで行った。

図1. 白礁2号遺跡採集遺物(1/3,1/4)

図1. 白礁2号遺跡採集遺物(1/3,1/4)

図2. T1出土遺物(1/3)

図2. T1出土遺物(1/3)

図3. 磁器の脱塩曲線

図3. 磁器の脱塩曲線

図4. 白礁1号遺跡(小川光彦撮影)

図4. 白礁1号遺跡(小川光彦撮影)

図5. 1999年の調査風景(小川光彦撮影)

図5. 1999年の調査風景(小川光彦撮影)

図6. 白礁1号遺跡出土の黒釉天目碗(小川光彦撮影)

図6. 白礁1号遺跡出土の黒釉天目碗(小川光彦撮影)